描いたものが、手を離れて「生きはじめる」。1bitのピクセルグリッドに絵を描くと、描いた図形がセルオートマトンによって勝手に動き出し、姿を変えていく。DRAWEGG は、その瞬間を扱うために設計したドローイングツールだ。問いは1つ。制御と偶然の境界線は、どこにあるのか。
この研究を一言でいうと──描いた絵を単純な規則で動かし、手放した先に何が育つかを見る道具。
出発点:描いたものが、勝手に動き出したら
絵を描くという行為は、徹頭徹尾「自分が決める」営みだ。線を引く、消す、塗る。すべてが意志の延長線上にある。でも、もし描いた瞬間からそれが自分の手を離れて生き始めたら、それはまだ「描いた」と言えるのか。これが DRAWEGG の出発点である。白か黒かしかない1bitのグリッドを選んだのは、生命の単位を「点が在るか、無いか」というもっとも原始的な状態まで削ぎ落とすためだ。
設計の核心:3つの規則で、図形を「生かす」
変容のエンジンには、3種類のセルオートマトンを用意した。隣接するセルの数で生死が決まる Conway's Life、一匹の蟻が単純な規則だけで複雑な軌跡を描く Langton's Ant、そして方向を持って流れていく directional Flow。どれも規則そのものは驚くほど単純なのに、走らせると予測のつかない模様が立ち上がってくる。単純な規則から複雑さが生まれる——その手触りを、描く行為とひとつの画面の上で重ねる。
2つのカーソル:描くことと、進化させること
このツールには、キーボードで操作するカーソルが2つある。ひとつは描くためのカーソル、もうひとつは進化を制御するためのカーソル。描画と進化を同時に手で操るという設計は、一見すると不便だ。だがこれが核心である。片方の手で生命を生み出し、もう片方の手でその生死に介入する。創造と放任のあいだを、指先で行き来する感覚はこの不便さからしか生まれない。
描いた瞬間に手を離れていくものを、それでも見守り続ける。
——制御と偶然の境界は、たぶん「見守る」という態度の中にある。
結論:制御を手放すと、創造が始まる
DRAWEGG を走らせ続けた結果、最も美しい瞬間は、完全に制御していないときに訪れる。意図して描いた形より、規則が育てた形のほうが豊かに見える瞬間がある。創造とは完全に支配することではなく、偶然のために余白を残すことだ。描くことと、生きることの間。その曖昧な境界に立ち続けることが、このツールの体験そのものである。
あなたなら、最初の一筆に何を描いて手放しますか。