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生成の体験 — Generative Texture

"昔のAI生成" の質感を、モデルなしで取り戻す

2026.06 Lab / Generative Shader

初期の Stable Diffusion や Deforum が吐き出していた、画像が延々と溶けながら生成され続けるあの独特の質感。今の、破綻なく綺麗に仕上がるAIではなく、未完成でサイケな "生成の過程そのもの" に、私はずっと惹かれていた。それを、AIモデルもサーバーも使わずに取り戻せないか。WebGL のシェーダーだけで実験を始めた。

出発点:完成品ではなく、溶けている途中に惹かれた

数年前、Deforum で生成される動画を初めて見たとき、私が魅了されたのは「綺麗な絵」ではなかった。一枚の画像が次の画像へとにじみながら移り変わり、形が崩れては別の形に組み変わっていく、その途中の状態だった。今のAIはあまりに上手くなりすぎて、最初から完成品が出てくる。けれどあの頃の生成には、機械が何かを「探りながら見ている」ような不安定さがあった。私が記録したかったのは、その質感だ。

問い:モデルなしで、あの溶け方は作れるか

素朴な問いから始めた。拡散モデルもGPUクラスタもなしに、ブラウザ上のシェーダーだけであの溶け続ける質感を再現できないか。種となる画像をリアルタイムにモーフィングさせ、そこに反応拡散——斑点が湧き、育ち、分裂していく古典的なアルゴリズム——を重ね、前のフレームを次の入力に戻すフィードバックループを試作した。サーバーを一切持たず、開いた瞬間に絵が動き始める軽さも条件に置いた。

私が欲しかったのは「新しい絵を生む力」ではなく、
一枚が夢のように崩れていく、その手触りだった。

発見:自分のペン画を種にしたとき

一番面白かったのは、自分のペン画を種画像にした瞬間だ。手で描いた線が、その線らしさを保ったまま、ゆっくりと夢のように溶け続ける。生成AIが描いたのではなく、自分の絵が自分のまま壊れていく感覚は、外部のモデルに任せる生成とは別の親密さがあった。これはツールというより、自分の手の延長で見る幻覚に近い。

木下スタジオ(木下貴博 / 滋賀)体験研究:Generative Texture — モデルなしシェーダーで溶け続ける生成の質感
— Generative Texture / Shader Feedback Loop

学び:見えてきた「境界線」

実験を通して、はっきり見えた限界がある。モデルなしのシェーダーは「一枚を溶かす」までが天井だということだ。フィードバックと反応拡散は、既にある情報を撹拌し変形させることはできても、毎フレーム新しい情景を立ち上げることはできない。次々と別の世界を生み続けるには、やはり本物の拡散モデルが要る。あの "溶けながら生成" は、変形と生成という二つの能力が重なって初めて成立していた、という事実が逆に浮かび上がった。

だからこの研究は、成功でも失敗でもなく境界線の記録だと思っている。どこまでがシェーダーの仕事で、どこからがモデルの仕事なのか。その線を自分の手で触れたことに意味がある。限界も含めて、Lab に置いて実験を続けている。

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