雅楽を聴いていると、音が直線ではなく円を描いているように感じる。始まりと終わりが滲み、同じ響きが何度も巡る。その「共鳴の円」を視覚に翻訳できないか——そう考えて作った音楽アートワークが「EN 日」だ。音を聴くのではなく、見る形に置き換える実験である。
出発点:雅楽にある「共鳴の円」
雅楽の楽器は、それぞれが単独で鳴るのではなく、互いの倍音を共鳴させながら一つの響きを織る。笙の和音、篳篥の旋律、それらが重なり合うとき、音は線ではなく円環として立ち上がる。私が惹かれたのは、その「閉じて、また始まる」構造だった。終わりが次の始まりに溶けていく感覚を、形にしたかった。
設計の核心:トーラスで反復と倍音を写す
円環を平面の円で描くと、ただの輪になってしまう。そこで選んだのがトーラス(輪環体)だ。トーラスは内へ巡りながら外へも巡る、二重の円を持つ形。これを複数重ね合わせることで、雅楽の反復と倍音の関係を幾何学として写し取ろうとした。重なり合うトーラスは、複数の楽器が共鳴して一つの響きになる様子そのものだ。
音を聴くのではなく、音の構造を見る。
——共鳴の円を、トーラスという形に翻訳する。
質感:古さと現代性の間
形だけでは、雅楽の時間性は出ない。そこで表面にグレインの質感を与え、赤みを帯びたグラデーションを重ねた。グレインは古い記録や漆器の肌を思わせ、赤のグラデーションは現代的な光の感覚を持ち込む。狙ったのは、古さと現代性のちょうど間に立つ手触りだ。伝統音楽を懐古として扱うのでも、現代に解体するのでもなく、その境界そのものを質感として定着させたかった。
学び:翻訳できないものを、翻訳しようとすること
音と視覚は本来、別の感覚だ。だから完全な翻訳はできない。それでも形へ置き換えようと手を動かすうちに、自分が雅楽の何に惹かれていたのかが、少しずつ輪郭を持っていった。翻訳とは、対象を理解し直す作業でもある。EN 日は答えではなく、音と視覚の間を行き来しながら考え続けるための、一つの実験記録だ。
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