ブランドが「こう感じてほしい」と願って設計した体験と、ユーザーが実際に受け取る体験。その二つは、決して一致しない。必ずズレが生まれる。私はそのズレを欠陥ではなく、設計を前へ進めるための最も豊かな情報源として扱う研究をしている。
ズレは「失敗」ではなく「信号」である
制作の現場では、つい「意図どおりに伝わらなかった」ことを失敗として処理してしまう。けれど私は、その捉え方こそが設計を停滞させると考えている。送り手の意図と受け手の解釈の間に距離があるのは、コミュニケーションの自然な性質だ。だからズレが存在すること自体は前提とし、問うべきは「どこに、どれだけ、なぜズレているのか」だけになる。ズレは責めるべき欠陥ではなく、設計を次に進める信号なのだ。
届けたい体験を、言葉にして固定する
ズレを測るには、まず「届けたい体験」を曖昧なまま放置しないことが要る。多くのプロジェクトでは、意図そのものが言語化されないまま進む。「上質さ」「親しみやすさ」——響きはいいが、これでは何が届いていないのか判定できない。だから私は最初に、ブランドが意図する体験を検証可能な粒度の言葉へ落とす。ここを固定して初めて、現実とのズレが測れる対象になる。
定量と定性、両方の目で観察する
ズレの観察には二つの目が必要だ。定量は「どこで離脱したか」「どの導線が使われていないか」といった、規模と分布を教えてくれる。一方で、なぜそう感じたのかという理由は数字には映らない。そこで定性——ユーザーの言葉や逡巡の観察——を重ねる。数字が「ズレの場所」を指し、語りが「ズレの理由」を語る。片方だけでは、改善は当て推量になってしまう。
数字はズレの在りかを指し示し、言葉はズレの理由を語る。
——両方を重ねて初めて、設計に手を入れられる。
ズレを、設計へ還す
観察して終わりにしないことが、この研究の核心だ。見つけたズレは仮説に変換し、画面やコピーやフローへの具体的な修正として戻す。そして修正後にもう一度ズレを測る。意図 → 観察 → 修正 → 再観察という循環を回し続けることで、届けたい体験と届いている体験の距離は少しずつ縮まっていく。完全な一致は訪れないが、距離を縮め続けることはできる。その営みそのものが、私にとっての設計だ。