なぜ虐待はなくならないのか。気づいている人はいる。それでも動けない。2歳の娘を育てる中で、この「気づきと行動の間にある壁」を、設計で解く問題として定義した。壁を下げるためのアプリを、プロトタイプまで作った。名前は SIGNAL——「気づきを、行動へ。」
この研究を一言でいうと──通報までの心理的なハードルを、画面の側で一段ずつ下げていく設計。
出発点:気づきと行動の間にある壁
虐待の事例の多くは、「誰も気づかなかった」わけではない。気づいている隣人、親戚、保育士はいる。それでも通報という行動には進めない。「もし間違っていたら」「大ごとにしたくない」「自分が口を出すことじゃない」——そのためらいの正体は、知識の不足ではなく、心理的なコストだった。
だから SIGNAL の設計は「情報を増やす」ことから始めなかった。行動に踏み出すまでの心理的なハードルを、UIで一段ずつ下げていくことを起点に置いた。
設計の核心:罪悪感の除去
設計の起点は、通報画面のコピーに置いた。「勇気を出して通報を」とは書かなかった。「通報は勇気じゃない、当然の行動」というトーンにした。間違えても罰則はない、匿名でいい、おおよその情報だけでいい——「罪悪感の除去」をデザインの最初に置いた。
通報に、特別な勇気はいらない。誰もができる当然の行動である。
——そう感じられる状態を、画面の側で作る。
曖昧さを、3つの質問で整理する
「これって虐待なの?」という曖昧な感覚は、多くの人を立ち止まらせる。SIGNAL ではその曖昧さを、3つのシンプルな質問で整理できるようにした。確信がなくても、質問に答えるうちに「相談していい状況なのか」が自分の中で輪郭を持つ。判断を迫らず、判断を助ける設計だ。
可視化:件数を、体感に変える
全国の虐待件数をリアルタイムで可視化する画面も用意した。数字を並べるだけで終わらせず、「これは今この瞬間も起きている」という当事者性を立ち上げるための可視化として設計している。目的は情報を見せることではなく、感覚を動かすことにある。
依頼の外にある課題を、同じ精度で
クライアントワークではない。誰かに頼まれたわけでもない。課題を自分で見つけ、自分で定義し、プロトタイプまで持っていく。10年以上のUX/UIの実務で使ってきた手順を、依頼の外にある課題にそのまま当てた。それが SIGNAL である。
もし身近な子どもに「何かおかしい」と感じたとき、あなたの一歩を止めているものは何でしょうか。