何回もスタンプすると、インクや塗料は掠れていく。この掠れは、スキャナーでは出せない。スキャナーは紙を押さない。ガラスの上を横から読んでいるだけだ。ならば、上から塗料で紙に刷り、刷るたびに掠れていく道具を組む。それが 捺 NATSU だ。
この研究を一言でいうと──紙の地形と版の凸の引き算で、刷るたびに掠れていく版を作る記録。
芯は1行
かすれは乱数ではない。2つの地形の引き算で出る。紙の目の山と谷、それと版の凸。インクが薄くなるほど、紙の山にしか届かなくなる。
掃 SOU との違い
先に作った掃 SOU も、刷りの道具だ。違いはそのまま設計になった。
| 掃 SOU | 捺 NATSU | |
|---|---|---|
| 何が起きているか | 光が読む。触れていない | 物が触れる |
| かすれの出どころ | 焼き・にじみ・二値。光学 | インクが減る・紙の山。物理 |
| 分けてあるもの | 版と現像 | 版・インク・紙の3つ |
| 同じ操作を2回 | 同じ絵(種つき) | 2回目は薄い。状態が残る |
| やり直し | 何度でも現像し直せる | 減ったインクは戻らない |
いちばん大きい違いは、前の1枚が次に効くこと。
盤の上にあるもの
- 版 かたち(打った字、読み込んだ地なしの画像)と、凸の高さ。
- インク 版の上に乗っている量。押すたびに減る。足せる。
- 紙 種から決まる地形(目の粗さと向き)と、刷られた面。
3つを別々に持つ。1枚の絵に混ぜた瞬間、この道具は成り立たなくなる。
「捺す」1回の手順
- ① 圧の場。手の傾き、どこを強く押したか。なだらかな面。
- ② 離れ。1 から、圧・版の凸・紙の高さ・インクの厚みを引く。
- ③ 当たり。離れが 0 を下回った所だけ、なめらかに 0〜1 で当たる。
- ④ 濃さ。当たりにインクの量を掛ける。
- ⑤ 紙に足す。
- ⑥ 版から引く。
- ⑦ 版をずらす。手で押すので、次は同じ所に当たらない。
これで「3回目から急に掠れる」が勝手に出る。カーブを描いて作らない。②のインクの厚みが芯だ。厚いほど紙の谷まで届く。薄くなると山だけに乗る。
10回刷った
既定の設定のまま、インクを足さずに10回刷った。字は既定の ABCDE〜XYZ。




道具が出す「乗った量」は、1回目 83%、10回目 32%。まっすぐには減らない。上からの圧は全体に均一にはかからないので、回ごとに違う圧の場を作ってある。圧が抜けた所は、インクがあっても刷られない。字の片側がすっぱり欠けるのはそのためだ。
字ごとの差も、一様には付けていない。最初の仮説は一様な差だった。結果は、全部の字が同じだけ薄くなり、実際の刷りの挙動から外れた。差を3乗で付けると、ほとんどの字は満タンのまま、何字かだけが大きく減る。
つまみにしないもの
「押す」と「インクを足す」は、つまみにせずボタンにした。押すたびに1回刷れる。途中でインクを足せるのも、本物と同じ。何回刷るかは、押した回数で決まる。刷ったあとも、つまみを動かすと同じ回数で刷り直すので、全部のつまみが効く。
物差し
- 同じ種なら1画素も違わない。乱れは種から決める。
- SVG に書き出した輪郭と画素の差は 0。
- JSON に保存して開き直すと、差は 0 画素。位置を小数2桁に丸めたら 1,887 画素ずれたので、丸めない。
なぜ作ったか
日本語でかすれたクラシックをやると、筆書体になって和に転ぶ。古さは書体で出さず、版の側で出す。題字はゴシックのまま、刷りだけが古い。この道具はその版の側を受け持つ。書体を替えずに汚す話は 題字はインクの側を汚す に書いた。
あなたなら、何回目の刷りで手を止めますか。